mat=35B77N+DW44XE+46FK+656YP" alt="">

洛陽中国水墨画院軸装展 に向けて

ブログをなかなか更新できませんでした。

世の中理不尽なことがあるのは理解しているつもりでも、ここのところあまりにも不愉快すぎて感情の赴くまま書きそうで、筆を執ることができなかった。

それに関しては別に譲るとして。

 

「洛陽中国水墨画院軸装展」に我が教室から2名参加予定。

1月から構想を練り、部分的な練習を繰り返し、半切1/2の用紙にまとめ上げました。

2人とも、半切1/2という大作は初めて。戸惑いも多かったと思いますがよくここまでまとめたと思います。よく頑張って仕上げたと思います。

 

 

 

 

 

なお、「洛陽中国水墨画院軸装展」は、

6月10日~15日

O美術館(JR大崎駅直結)

にて開催されます。

 

水墨画、教室、東京都、墨彩画、オンライン、千葉 | 栗庵水墨画教室 (rannshou.com)

 

安達嵐松

生徒さん快挙

f:id:yoidoreojisann:20220225094050j:plain

f:id:yoidoreojisann:20220225094149j:plain

国際中国書法国画家協会中国蘇州画院 主催の色紙紙上展にて快挙。

色紙紙上展は今回で12回を数える。

毎回100人を優に超える参加者があり。

ベテラン、上級者などから初心者まで参加者は多彩である。

初心者が入選を果たすのも大変である。

そのような中で、筆をもってまだ1年に満たない生徒さんが入賞しました。

 

f:id:yoidoreojisann:20220227101125j:plain

葡萄を色紙に描かれたMさん。

最初体験に来られて描かれた作品を家族から笑われ、すっかり習うことに自信を無くされていました。

順を追って、お稽古を重ねていくにつれ、見違えるほどに上達されたこと私もうれしく思います。

初級課程の課題の一つである葡萄、初級と言っても決してやさしいとは言えない課題に挑戦されました。

なんと言っても墨色が素晴らしい。

思わず手に取りたくなるような葡萄のみずみずしさ。

今後ますます期待される生徒さんです。

 

f:id:yoidoreojisann:20220227101154j:plain

百合を描かれたKさん。

彼女は2年ほど他の先生に教えを乞うていた方です。

昨年秋から私の教室に来られました。

他の教室の悪口を言うつもりはありませんが、話を伺っていると充分に満足のいくように教えられていなかったようで、基本が疎かになっていました。

基本である四君子からおさらいをしていただきました。

2種類の百合を見事に描き分けています。

百合の配色も見事です。

線描画をうまく取り込んで作品を奥深いものにしています。

入賞おめでとうございます。

 

水墨画、教室、東京都、墨彩画、オンライン、千葉 | 栗庵水墨画教室 (rannshou.com)

 

 

 

カルチャーセンターで教えないのは何故(4)

水墨画の構図には独特のものがある。

その最大のものは余白であろう。

余白という言葉に騙される。水墨画でいう余白とは、描き残した部分を言うのではない。描き残すのではなく、あえて描かないのである。描きすぎないという考え方は、描いている場面もこの考えが必要である。即ち省略である。特に景色を描くときに見えている物すべてを描きたくなるようである。自分が感動したこと、伝えたいことに絞って他は省略する必要がある。これがなかなかできない。

余白とは少し違うが、白を表現するのに白色を使わず、用紙の白さをそのまま残す。例えば滝の白さ、波がしら、雪など数えればきりがない。描き残すということを考えれば余白と共通する。いずれにしても描かれていないところは、見る者に想像させている。絵だけで完成ではなく、見る者の感性も加わって完成する。

水墨画では、見える通り正確に描くことは重要ではない。具象と抽象の間ぐらいであろうか。画面構成上具象に近い描き方と抽象に近い描き方をうまく組み合わせていくにも何通りもある。

誰にでも描きたいモチーフを持っている。それをどのように描くのかは何千通りもあるであろう。思いはあっても、技量がなければ当然描けないのは言うまでもない。しかし、技量は十分でも構図の取り方が不得手な人も多い。この時、一方的に一般的な考え方を説明してもそんなことは分かっているということで、その先を知りたいのだという思いに駆られる。私は、描きたいモチーフについてなぜ描きたいのか、何か参考のものがあるのか、などしっかり聞いて、一緒に考えながらアドバイスをしていく。実際に描いて見せていく。私も経験があるが、微妙な違いを説明するのは骨の折れることではある。描いて見せても、相手の望通りとは限らない。さらによく話し合いながら、溝を埋めていきながら、一緒に考えながら、ぴったりする描き方をアドバイスしていく。

 

水墨画、教室、東京都、墨彩画、オンライン、千葉 | 栗庵水墨画教室 (rannshou.com)

 

 

 

国際書画展

f:id:yoidoreojisann:20220203090727j:plain

f:id:yoidoreojisann:20220203090802j:plain

f:id:yoidoreojisann:20220203090844j:plain

f:id:yoidoreojisann:20220203090921j:plain

じっくりと鑑賞する時間がなく、とりあえず目についた数点を紹介しました。

主な作品 | 東京、新橋 JR新橋駅 駅近の水墨画教室(栗庵水墨画教室) (rannshou.com)

 

大学の同級生だったHさんが会場に来ていただいた。

正月に、オンライン同窓会を行った。何せ年齢だからてんやわんやの騒ぎでようやく接続できたというのが本当のところ。その顛末はさておき、関東に在住のHさんと約束できた。数十年ぶりにあった。

当日は、弟子たちに会場にて作品の解説など約束していたのだが。Hさんとすっかり話し込んでしまい、そっちのけになってしまった。

数十年会っていなかった友と会うことができたのも、新しい武器すなわちオンラインのお陰と言える。

何とも扱いにくいパソコンではあるが、これからも付き合っていくのがベターと言えるであろう。

主な作品 | 東京、新橋 JR新橋駅 駅近の水墨画教室(栗庵水墨画教室) (rannshou.com)

 

 

作品「何処へ(いずこへ)」

国際書画展に出品した作品

「何処へ」

 

f:id:yoidoreojisann:20220201084625j:plain

 

コロナ禍で極端に制限された生活を強いられている昨今。

何やらきな臭い世界情勢。

100年に1回あるいは1000年に1回などと言われる異常気象と言われる日常。

食も大きく変わってきている。

不安を感じるこの頃ではあるが、一方で希望もある。

多方面にわたって若い力に目を見張るものがある。特にスポーツにおいては、かっては体格さからあきらめていた種目でも世界の最高峰に君臨している。

日本は、歴史的に幾度も危機に見舞われてきた。

それをばねにしてさらに発展を遂げてきたといえる。

私は若い力に期待している。

 

水墨画、教室、東京都、墨彩画、オンライン、千葉 | 栗庵水墨画教室 (rannshou.com)

 

生徒さんたちの頑張り

寒さが続いていますが、生徒さんたちも元気に筆を振るわれていて、頼もしくまたうれしく感謝しています。

 

f:id:yoidoreojisann:20220114103411j:plain

f:id:yoidoreojisann:20220114103525j:plain

 

色紙誌上展に向けて、取り組んでいます。

生徒さんは、長い人でも1年に満たないまだまだ初心者ですが、真剣そのもの。

色紙という作品にまとめるということは、普段の練習の成果を自分なりにまとめるいい機会でもあります。

 

f:id:yoidoreojisann:20220114104855j:plain

 

f:id:yoidoreojisann:20220114104944j:plain

 

f:id:yoidoreojisann:20220114105031j:plain


上記3枚が生徒さんが今回描いた色紙誌上展への出品作。
初めての経験であり、締め切りに追われる緊張感の中にも、和気あいあいと描いておられました。初めてまとめたとは思えないほどの出来栄えです。

多くても3人としている徹底した少人数指導での成果だけでなく、生徒さん自ら学ぶ意欲の賜物と感謝しています。

 

最後に私の作品。

 

f:id:yoidoreojisann:20220114110716j:plain

 

洋画風のモチーフにトライした水墨画(墨彩画)です。

 

主な作品 | 東京、新橋 JR新橋駅 駅近の水墨画教室(栗庵水墨画教室) (rannshou.com)

 

 

 

カルチャーセンターで教えないのは何故(3)

一期一会という言葉があるが、せっかく習いに来ていただいた人に本物の水墨画の良さを知って、その技術を習得してもらいたい。

ここで私はあえて技術と言っているがそれには訳がある。

水墨画では「塗るな」「筆で描け」とよく言う。ほとんどの絵画では「塗る」という行為が主流と言える。例えば、洋画を例にとると、輪郭を木炭などで描き、その輪郭の中を何層にも色を重ねて色の変化などをつけていく。それに対して、水墨画では基本的には色を重ねることはしない。筆の中に墨の濃淡をつけ、筆の使い方で一本の線を描く際に墨色の変化を出す。したがって上記の洋画の例では、輪郭を描くこと(すなわちスケッチ画)が特に重要である。もちろん水墨画においてもスケッチ画も大切であるが、最も重要なのは筆に墨の含ませ方と運筆の仕方であると考えている。

水墨画の道具、材料はいたってシンプルなものである。シンプルであるがゆえに、使いこなすのに、使いこなすための技術が必要になる。おそらく誰にでも経験のある自転車を例にとってみよう。誰でも初めから自転車に乗れたわけではない。自転車に乗るための技術を習得し、体に染みついている。体が覚えているのである。この技術が体に染みつけば、たとえブランクがあろうと体が思い出し乗れるようになる。水墨画の技術もこれと同じである。

水墨画の技術と言っても、いくつもあるものではない。私は、調墨と筆の使い方に尽きると思っている。したがって私は、調墨と筆の使い方を特に重点的にまずは教えている。個別個人を観なければ、できない仕事である。

水墨画独特の技術として、にじみ、かすれがあるがそう覚えるのむつかしくはない。

ここまで読んだ人は、水墨画の技術とはそんなものかと思ったに違いない。その通りである。決してむつかしいものではない。誰でも必ず習得できる。墨彩画を描くとき、筆に顔彩を含ませるのもまったく同じ要領でいい。

個人個別に指導しているので、私には生徒さんを水墨画を必ず描けるようにできる。

 

水墨画、教室、東京都、墨彩画、オンライン、千葉 | 栗庵水墨画教室 (rannshou.com)